瞬間最大稚拙

うだつの上がらない人のための就職活動日誌

母と住むのに向いていない

私の母はとてもきちんとした人である。料理洗濯といった家事もしているほうだと思うし、部屋も統一感があって比較的きれいだ。趣味は断捨理とDIYで、特にDIYのほうは100円ショップで木材や布を買ってちまちまと凝ったものを作っている。手を動かすのが好きで、生理整頓されている状態が好きなのだろう。

 

私はそんな母に、褒められた経験があまりない。子どものころから部屋は漫画や学校の教材でぐちゃぐちゃだったのでよく文句を言われたし、時には勝手に片づけられていることもあった。「他の兄弟でさえこんなに汚くしていることはなかった」となじられたときは、兄弟と比べられ劣っているということを指摘され傷ついた。水周りは必ずびちゃびちゃにしていたし、料理をすれば調味料や食材をこぼしていた。ご飯を食べたら食器を片づけないままに歯磨きをし、歯ブラシを口につっこんだまま着替え始めるといった私の行いはことごとく否定された。母から見たら私の行動は、まるで理解できなかったのだろうと思う。

「ここは親である私たちのお金で買った家で、あなたは私たちの家を借りているにすぎない」という話をされたことがあった。母の言い分としては「この家はあなたのものではなくみんなのものなのだから、ルールを守ってきれいに使ってくれ」ということだったのだろう。なんて不器用な言い方をするのだろう、と今なら笑って聞き流すことができるのだろうか。少なくとも当時の私はこの言葉を「この家は私の家ではない」という形で理解した。「私はこの家を(幸運にも無料で)借りているにすぎない。そして目の前にいる親は親ではなく、この家の管理人である」。家では常にきちんとしようと思った。だってきちんとしなければ、管理人の怒りを買って追い出されてしまうかもしれないから。

暮らしぶりを常に母にチェックされるということはそれなりにストレスだった。すくなくとも家庭では怒られないように気をつかい、怒られても気をはらなければならなかった。「こんなことしてたら将来会社で働くときに上司に怒られるよ」とよく言われた。そのときたしかに私にとって母は、常に機嫌を伺わなければならない上司だった。

私は母を恨む気はない。ただ、同じ屋根の下に住むにはあまりにも合わなかったのだ。母は私がちゃんとした人間になれると信じ、根気強く教育しつづけた。しかし、私は母が求めるように「ちゃんと」することは出来なかった。母には「私をうまく教育できなかった」という挫折感が残ったのだろうか。それとも「あの子は誰に似たんだろうか」と首を傾げ続けているのだろうか。私には分からない。なんだか母を傷つけてしまったような、それでいて母に見捨てられたような気分だ。

母と住むのに向いていない子どもがこの世にはたくさんいるのだろう。どんなに母に愛されたいと願っても、価値観の差はなかなか埋まらない。「誰も悪くない」ということにはやく気づくことで、親も子も救われるのだと思いたい。