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瞬間最大稚拙

エモーションレスというあり方もアリなはずなんだ

本屋に見る東京と地方との情報格差

私は地方出身で、就活で東京に行くことがあります。予定はなるべく詰めて入れますが、それでも次の予定まで時間がある時は暇つぶしによく本屋に寄ったりします。


そして今日気づいたのですが、東京の本屋で平積みされてる本と地方のそれはけっこう違いがあります。


具体的にいうと、東京の本屋はデータ分析やプログラミング、デザイン、コピーライティングなどの技術書の品揃えがめちゃくちゃいい。


初心者向けのものから分厚いものまで、幅広くとり揃えてある。おそらく東京はビジネスの中心だから、そういうビジネスの専門書がたくさん売れるのでしょう。これは地方の本屋では決して見られません。せいぜい新書のビジネス書と、売れ筋のものがちょっと平積みされているくらい。


大したことないと思う人もいるかもしれませんが、これはとんでもない情報格差だと思います。


ある技術やスキルを学びたいと思ったとき、本屋に行けば分かりやすい技術書を手に取れる東京民と、自らネットで探すコストを払い、購入しなければならない(そして立ち読みもできない)地方民。技術やスキルを得るのにも、地域によって大きくハードルの差があることになります。


また、「本屋に行ったらなんとなく目に入る情報」も馬鹿に出来ません。本屋に平積みされているのを見て、はじめて興味を持ったり知識を得たりするということもあります。しかし東京と地方では、ビジネスの最先端のスキルに触れる機会に大きな差があるのです。


とくに就活に限ると、かたや本屋でカジュアルな技術書に触れることができる東京と、図書館でお堅い感じの本で学ばなきゃならなかったり、わざわざ理系の大学生協まで行かなきゃならない地方、といった差があります。これはやっぱり、地方格差だと思うのです。


インターネットで世界がつながったといっても、リアルの情報の差はなかなか埋まりません。そしてそのリアルの差が、そのまま資源や税収の差につながっているような気がします。


テクノロジーの発達が格差を助長するというのは、こんな些細な所からはじまるのではないのか。そんなことを思いました。