瞬間最大稚拙

うだつの上がらない人のための就職活動日誌

こまかいガラスの話

小学校のころ、私はものを知らないこどもだった。

校庭の砂にまじっているこまかいガラスを集めて、ダイアモンドと呼んでいた。

あれがガラスだと知ったのは、いったいいつごろだろう。

「あぶないから触っちゃいけないよ」と言われた気もする。

 

そのころは「触れてもぜんぜん痛くないのに、なにがあぶないんだろう」と考えていた。

でも、じっさいに危ない目にあったこともないのに、

素直なまわりの大人たちの声をすっかり飲みこんでいた。

「こまかいガラスはあぶない」という知識をしっかり携えて、私は大人になった。

 

いや、大人になったつもりでいた。

「こまかいガラスはあぶない」という知識はもっていたけれど、

その知識は私の頭を犯しきることはできていなくて、

私は大人になっても割れたガラスのコップを手で拾おうとして怒られる。

 

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」ということばが頭に浮かぶ。

ああ、私って愚者だなあとヘラヘラしている。

 

私は愚者で、経験によってしか学ぶことができない。

反対に言えば、経験しなければいつまでも子どもでいられる。

世間への順応とひきかえに、みずみずしい純度を保った感性を汚さないですむ気がした。

 

私よ、ガラスで手を傷つけるなかれ。

愛すべき愚者の万能感を手放したくないのだ。